2013年09月03日

おすすめアニメ:『機動戦士ガンダム 第34話 宿命の出会い』

“修理を受けないままサイド6に戻ったホワイトベースは、出港までの刻限を切られていた。
そのひとときに父に遭おうとバギーを走らせたアムロは、突然の豪雨を避けて立ち寄ったコテージで、湖の白鳥を見つめる不思議な少女と遭遇する。
父とのつらい別れを済ませたアムロは、帰路にバギーを立ち往生させてしまった。
その窮状を救ったのは、戦艦ザンジバルでサイド6に入港したシャア大佐であった。
その横で微笑むのは、湖畔で出逢った少女ララァであった。
待ち伏せするコンスコンを牽制するため、カムランは自家用宇宙艇の随伴を申し出る。
かたくなに拒絶するミライを、スレッガーは平手打ちとともに諭した。
カムラン艇をともない、出港するホワイトベース。
サイド6の領空を超えた瞬間、リック・ドムの編隊が襲いかかった。
アムロは敵の攻撃を完璧に読みきり、その様子をホテルのTV中継で見ていたララァは、シャアにガンダムの勝利を予言した。
コンスコン隊は全滅し、アムロは涙をこらえながらサイド6を後にするのであった。”

     『機動戦士ガンダム 第34話 宿命の出会い』あらすじ




『機動戦士ガンダム 第34話 宿命の出会い』

前回の記事はこちら ↓

おすすめアニメ:『機動戦士ガンダム 第33話 コンスコン強襲』

皆さんおはようございます。chu-chuでございます(*- -)(*_ _)ペコリ

2号で〜す♪ヽ(o´∀`o)ノ 皆さんおはようございま〜す♪

chu-chu:本日はちょっと趣向を変えて、ニュータイプ≠ノついてお話します(。-_-)ノ


ニュータイプ

“新しい人類とされる人達を指すが、もともとの概念が曖昧だった事に加え、作品が進むにつれて言葉の意味する事象が広がりすぎたため、はっきりとした定義は困難である。物語中では、ニュータイプとされる人々は特異な能力を持った人物として描かれる事が多い。
ニュータイプに対する従来の人類はオールドタイプ (Oldtype) と呼ばれ、やや軽蔑の意味合いを込めて使われるケースも多い。

宇宙世紀を世界観とする作品におけるニュータイプとは、ジオン・ズム・ダイクンとその思想ジオニズムによって出現が予言された、宇宙に適応進化した新人類の概念である。
ダイクンの死後勃発した一年戦争の最中、アムロ・レイやララァ・スンらによって現実の存在となった。
しかしその能力が戦時下で発現した結果、ダイクンが考えた「お互いに判りあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿」とは縁遠い、人殺しの道具として能力が用いられる結果となってしまった。
ニュータイプは、一般に認識能力の拡大により人並み外れた直感力と洞察力を身につけ、並外れた動物的直感と空間認識能力を持ち、独特のサイコウェーブ(脳波)を発する。
また、離れていても他者やその状況を正確に認識し、意思疎通をする能力を発揮し、後に開発されたサイコミュと呼ばれる脳波と兵器を連動させる機器を扱う能力を有している。
このため敵を視認することなく「気配」で探知し、さらにその機動を先読みして攻撃、一方では敵の攻撃を察知して回避するなど、戦闘において圧倒的な力を発揮している。
能力発現には心身に強いストレスを受けることを必要としているようで、アムロの場合は危機的状況と重圧が長く続いたことや親しい者との別れや死が契機となっている(発現前には両親と生き別れており、ラル、リュウ、ハモンと立て続けに大切な存在を亡くしている)。
シャアの覚醒もララァ・スンを失ったことによるものだった。
ダイクンはニュータイプを宇宙生活者であるスペースノイドの進化形としていたが、実際にはアースノイドの中からも多く出現している(ララァはシャアに見出されるまで地球を離れた事は無く、アムロも地球で生まれ幼少期を過ごしている。逆にシャアとセイラは宇宙生まれの、地球育ちである)。
つまり、素質自体は誰にでも少なからずあるが、高い能力を発現する者はごく限られているということになる。
一年戦争当時、ジオン公国軍では通常では考えられないような能力を発揮したパイロットをニュータイプととらえ、彼らに対応した兵器の開発がなされた。
その結果、ニュータイプ専用機と呼ばれる新しいタイプの兵器が完成した。
また、戦後はそれらの技術が連邦側に接収され、それを元に強化人間等の研究・開発も行われている。

ニュータイプの概念の本質は宇宙空間で生活するようになった人類が、それに対応するために進化していったものであるとされている。
元々はジオン・ズム・ダイクンが提唱した概念の一つであり、宇宙という広大な生活圏を手に入れた人類は洞察力、認識能力が拡大し、肉体的、精神的にあらゆる物事を理解することができ、それが全人類に広がった時にかつてなしえなかった相互理解が可能となる、という主旨であった。

重要な設定であるはずの「ニュータイプ」の概念が一定しないのは、富野由悠季がガンダムシリーズの第一作『機動戦士ガンダム』の制作途中でニュータイプの概念を入れたことを、最初は「俺は物凄いことを思いついた」と歓喜していたものの、後に疎ましく思っていたためである(なお、アムロ・レイが超能力者であるという構想は最初から持っていた。メモ書き中に「エスパァかもしれぬ」の記述があり、それはマチルダ・アジャンの台詞からも垣間見える)。
特に、ファンの間で「ニュータイプ」という言葉が一人歩きしてしまったことや、高千穂遙の評論の中でガンダムがSFではない決定的な理由として挙げられたことなどを快く思っていなかったといわれる。
『機動戦士ガンダム』以後の富野の作中(特に小説)では、ニュータイプ概念の肯定と否定が同時に行われているような奇妙な様相を見せている。”


chu-chu:私もニュータイプ(-_☆)キラーン! 2号さんなんかには負けません!

2号 → (o ̄∇ ̄)=◯)`Д゜)・;グハッ!

2号:ふんっ! o( ̄ ^  ̄ o) プィッ!  chu-chu → (_ _;) イ、イタイ……


次回、おすすめアニメ:『機動戦士ガンダム 第35話 ソロモン攻略戦』
君は生き延びることができるか?


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『機動戦士ガンダム』見てね〜♪さよ〜なら〜♪
:*:・。,☆゚'・:*:・。,ヽ(・∀・)人(・∀・)ノ ,。・:*:・゚'☆,。・:*:


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タグ:あらすじ
posted by chu-chu at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめアニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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